東京地方裁判所 平成6年(ワ)860号 判決 1995年9月18日
原告
藤村隆夫
右訴訟代理人弁護士
佐久間哲男
同
若林律夫
同(右佐久間哲男復代理人弁護士)
松岡優子
被告
平和生命保険株式会社
右代表者代表取締役
武元裕
被告
ナショナーレ・ネーデルランデン・
レーヴェンスヴェルゼーケリング・マーツハペイ・エヌ・ヴィ
日本における代表者
千葉信
被告
アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー
日本における代表者
戸國靖器
被告
オリックス生命保険株式会社
右代表者代表取締役
河本明三
右四名訴訟代理人弁護士
大江忠
同
大山政之
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
一 原告と被告平和生命保険株式会社間の平成元年五月一日の医療保険契約に基づき原告が同被告に対し保険契約者たる地位を有することを確認する。
二 原告と被告ナショナーレ・ネーデルランデン・レーヴェンスヴェルゼーケリング・マーツハペイ・エヌ・ヴィ間の平成元年四月一一日の医療保険契約に基づき原告が同被告に対し保険契約者たる地位を有することを確認する。
三 原告と被告アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー間の平成元年三月一日の各医療保険契約(保険証番号第三A〇一一六二五二四号及び同第三A〇〇二一二三七四号)に基づき原告が同被告に対し保険契約者たる地位を有することを確認する。
四 原告と被告オリックス生命保険株式会社間の平成元年五月一日の医療給付金付定期保険契約に基づき原告が同被告に対し保険契約者たる地位を有することを確認する。
第二 事案の概要
本件は、被告四社との間で生命保険契約を締結していた原告が、被告四社が右契約を解約したなどとして契約の効力を争うため、保険契約者たる地位の確認を求めた事案である。
一 当事者間に争いがない事実
1 被告平和生命保険株式会社(以下「平和生命」という)関係
原告は、平成元年五月一日、被告平和生命との間で、死亡保険金を四〇〇万円とする生命保険契約を締結した(保険証番号第二一三六二九一号)。右契約には手術給付金付疾病入院特約が付されている(給付日額金八〇〇〇円)。
2 被告ナショナーレ・ネーデルランデン・レーヴェンスヴェルゼーケリング・マーツハペイ・エヌ・ヴィ(以下「ナショナルライフ」という)関係
原告は、平成元年四月一一日、被告ナショナルライフとの間で、原告が疾病または不慮の事故により病院に入院したとき入院一日について金五〇〇〇円の給付を受ける旨の医療保険契約を締結した(保険証番号第一三〇二二四九八号)。右契約には手術給付金、看護給付金の特約が付されている。
3 被告アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー(以下「アリコジャパン」という)関係
原告は、平成元年三月一日、被告アリコジャパンとの間で、原告が疾病または不慮の事故により病院に入院したとき入院一日につき金五〇〇〇円の給付を受ける旨の医療保険契約を締結した(保険証番号第三A〇一一六二五二四号及び同第三A〇〇二一二三七四号)。右契約には手術給付金、看護給付金の特約が付されている。
4 被告オリックス生命保険株式会社(以下「オリックス生命」という)関係
原告は、平成元年五月一日、訴外ユナイテッドオブオマハ生命保険株式会社(以下「ユナイテッド生命」という)との間で、疾病または不慮の事故により病院に入院したとき入院一日について金六〇〇〇円の給付を受ける旨の医療保険契約を締結した(保険証番号第〇一〇〇七八二六〇六号)。右契約には手術給付金、災害入院給付金、災害在宅療養給付金の特約が付されている。
訴外ユナイテッド生命の日本人向けの営業は、平成三年八月三一日、オリックスオマハ生命保険株式会社(被告オリックス生命の前身)に譲渡され、同会社は、平成五年二月一日にオリックス生命保険株式会社に商号変更した。
5 被告四社は、いずれも、原告に対し、前記保険契約は失効したと主張し、原告が被告らに対し前記の保険契約者たる地位を有することを否認している。
二 争点
1 保険料不払を理由とする解約の成否
(1) 被告らの主張
本件保険契約には、いずれも、保険料の支払について、次のような約定がなされていた。
第二回以降の保険料は、月払契約の場合、月単位の契約応当日の属する月の初日から月末までに払い込むこととなっており、払込期月の翌月初日から末日までが保険料払込の猶予期間となっており、猶予期間内に保険料が払い込まれないときは、保険契約は猶予期間満了日の翌日から効力を失うことが定められている。
原告は、いずれの保険契約についても、平成三年四月分以降の保険料を入金していない。
(2) 原告の主張
原告は、所定の原告の銀行口座からの口座振替により支払うという方法により保険料を支払っていたが、平成三年四月以降も、被告四社に対する保険料に見合う金額は充当されていた。したがって、弁済の提供は行っていたものであり、被告四社が原告の口座より保険料の引き落としを拒んだのは受領遅滞にあたる。
2 詐欺による保険契約の無効
(1) 被告らの主張
原告と被告四社との間の保険契約には、いずれも、保険契約の締結に際して、保険契約者に詐欺の行為があったときは、保険契約は無効とする旨の特約が存する。
原告は、入院給付金を不正に取得する目的であるのに、これを秘して、被告四社と前記保険契約を締結した。
したがって、本件保険契約はいずれも当初より無効である。
(2) 原告の主張
原告の入院給付金を不正に取得する目的については否認する。
3 重複契約による解約
(1) 被告らの主張
原告と被告四社との間の保険契約には、いずれも、他の保険契約との重複によって、被保険者に掛かる給付金額等の合計額が著しく過大で保険制度の目的に反する状態がもたらされるおそれがある場合に、保険契約を将来に向かって解除できる旨の特約がある(被告平和生命については、手術給付金付疾病入院特約についての特約)。
原告は、生命保険会社一〇社との間で、死亡保険金合計二五七八万七五〇〇円、入院給付金日額合計金六万四〇〇〇円の保険契約を締結している。
被告四社は、右特約に基づき、本件保険契約を平成六年四月一四日(第六回口頭弁論期日)解約した。
(2) 原告の主張
入院給付金日額合計金六万四〇〇〇円は、給付金額の合計額が著しく過大であるとはいえない。
4 詐欺行為による給付金の請求を理由とした保険契約の解約
(1) 被告らの主張
原告と被告四社との間の保険契約には、いずれも、保険契約者が保険金もしくは給付金を詐取する目的で事故招致をした場合、保険金もしくは給付金の請求に関し、受取人に詐欺行為があった場合に、保険契約を将来に向かって解除できる旨の特約がある(被告平和生命については、手術給付金付疾病入院特約についての特約)。
原告は、平成二年一月三日午前一一時二五分ころ、横浜市内で普通乗用自動車を運転中追突事故にあったとして、平成二年一月四日から同年四月二四日まで、頸・肩腕症侯群の傷病名で入院し、右入院につき、被告四社に対して、入院給付金の請求をしたが、右交通事故は、知人である訴外井澤昌行(以下「井澤」という)と共謀のうえ、事故を故意に招致もしくは偽装したものである。
被告四社は、右特約に基づき、本件保険契約を平成六年四月一四日(第六回口頭弁論期日)解約した。
(2) 原告の主張
事故を故意に招致もしくは偽装したとの点について否認する。
5 特別解約権の行使
(1) 被告らの主張
原告と被告四社との間の保険契約には、いずれも、保険契約または付加している特約を継続することを期待しえない事由がある場合に、保険契約を将来に向かって解除できる旨の特約がある(被告平和生命については、手術給付金付疾病入院特約についての特約)。
原告は、短期間に多数の生命保険会社の医療保険に加入し、その加入の際、他社への加入について告知しなかった。また、その後、頻繁に入院を繰り返す一方で、入院給付金を請求する会社を分散させるなど、集中加入をチェックしにくい手段をとるなどしている。原告のこのような行為は、保険契約または付加している特約を継続することを期待しえない事由に該当する。
被告四社は、右特約に基づき、本件保険契約を平成六年四月一四日(第六回口頭弁論期日)解約した。
(2) 原告の主張
前記2ないし4における原告の主張と同じであり、交通事故は偽装ではなく、その後の入院もその必要のあった入院であった。
第三 争点に対する判断
一 平成二年一月三日の交通事故について
1 原告の生命保険会社との保険契約(当事者間に争いがない)
原告は、平成元年一月二五日から同年一二月一日までの間、生命保険会社との間の契約に限っても、少なくとも一〇社との間で合計一二の疾病入院給付金を含む保険契約を締結した。
なお、被告平和生命とは平成元年五月一日に、被告ナショナルライフとは平成元年四月一一日に、被告アリコジャパンとは平成元年三月一日に、被告オリックス生命とは平成元年五月一日に、それぞれ保険契約を締結している。
2 原告の入院(当事者間に争いがない)
原告は、平成二年一月三日午前一一時二五分ころ、横浜市西区伊勢町三丁目付近において、自動車を運転中、井澤の運転する自動車に追突されたと主張して、平成二年一月四日から同年四月二四日まで木村胃腸科病院に、頸・肩腕症侯群の傷病名で入院し、翌二五日から同年六月二日まで通院した。
3 原告の保険会社に対する請求(当事者間に争いがない)
その後、原告は、被告四社を除く生命保険会社六社に対し災害給付金の支払請求をし、一社あたり約五〇万円の金額を受給した。
原告は、被告四社や安田火災海上保険などの保険会社にも同様の請求をしたが、いずれもの会社も支払いを拒否した。
4 訴訟の提起等(当事者間に争いがない)
原告は、平成四年一月一六日、井澤に対し損害賠償請求の訴えを提起した(横浜地方裁判所平成四年ワ第九三号)。
井澤が日動火災海上保険株式会社(以下「日動火災海上」という)に対して訴訟告知をしたところ、日動火災海上は、平成四年四月一六日、同訴訟に補助参加した。そして、第四回口頭弁論期日(平成四年五月二二日)において、日動火災海上から刑事記録や鑑定書などの書証(本件の乙39から51に相当)を提出したところ、第五回口頭弁論期日(平成四年七月二日)に訴えを取り下げた。
5 別訴において提出された鑑定書の記載内容の検討
そこで、日動火災海上保険から提出された鑑定書の記載内容を検討する。
(1) 鑑定書(乙48)について
日本交通事故鑑識研究所松下智康作成の鑑定書(乙48)の概要は次のとおりである。
原告車両は、リヤバンパ、リヤスカート等が最も大きく凹損しているが、井澤車両のフロントバンパについては、後方に押されたような形跡はなく、仮に、井澤車両が原告車両に追突したとするなら、ノーズダウン(ブレーキをかけることにより、車体の進行方向先端が沈むこと)した状態で追突したと考えられる。しかし、原告車両のナンバープレートやリヤスカー卜下端部に、井澤車両のフロントバンパの滑り込みによって形成されるべき痕跡が顕著には観察されず、原告車両と井澤車両の推測される衝突状況は、いずれも右車両の破損状況と矛盾する(ノーズダウンがなかったとすると、後方から追突した車両のフロントバンパと原告車両のリヤバンパの衝突が推定されるが、原告車両のリヤバンパ付近が大きく凹損しているのに、井澤車両のフロントバンパに後方に押された形跡がないことと矛盾する。)。
仮に衝突があったとして、原告車両の衝突部位の破損状況などから衝突速度等を推定すると、井澤車両の追突速度は二〇ないし二五キロメートル毎時、平均加速度は1.6ないし2.8Gであり、右衝突により、原告の頸部が生理的運動限界まで伸展し、強大な「むちうち挙動」が発生したとは考えられない。
(2) 鑑定書(乙51)について
株式会社テクノ・セイフティ作成の鑑定書(乙51)の概要は次のとおりである。
原告車両の衝突部位は、地上二九センチメートルから七一センチメートル、横七〇ないし八〇センチメートルの範囲であるが、井澤車両の衝突部位は、地上五〇センチメートルから七四センチメートル、横三〇ないし四〇センチメートルの範囲であり、両者にはかなりの相違がある。しかも、原告車両の主な衝突部位はリアバンパ中央部であるが、井澤車両には右リアバンパによる押し込み変形も見られない。
さらに、原告車両の損傷の状況はリアバンパが凹損しており、その程度から、原告車両に対する衝撃力は約2.8トンであったと推測される。もし、原告車両と井澤車両が衝突したのであれば、二つの車両に加わる衝撃力は同じでなければならない。しかし、井澤車両の損傷は、前面左側のフロントグリルと左ヘッドライトの押し込み破損、左フロントフェンダーの押し込み変形が認められるが、本来衝撃吸収機能を有したフロントバンパの変形は全く認められず、その破損の程度から、井澤車両に対する衝撃力は約0.9トンであったと推測され、その衝撃力が釣り合わない。
また、仮に、原告車両と井澤車両が衝突したとして、井澤車両の衝突部位の破損状況などからみて、井澤車両の衝突速度は時速8.2キロメートル以下であり、原告が受傷する可能性はない。
(3) 鑑定書の評価について
右二通の鑑定書はいずれも、衝突部位の位置や破損状況に整合性がなく、また、仮に衝突したとして、原告が主張するような傷害を負う可能性はないというものであり、その推論の過程に不自然な点は見当たらない。
なお、乙48と乙51とでは、井澤車両の原告車両に対する衝突速度が異なる。これは、乙48は、原告車両の破損状況から原告車両の有効衝突速度を算出し、これにより衝突速度を算出したのに対して、乙51は、井澤車両の破損状況から井澤車両の有効衝突速度を算出し、これにより衝突速度を算出したためである(井澤車両の破損状況は原告車両の破損状況に比べ軽微であったため、両者の有効衝突速度が異なってしまうが、このような違いが生じてしまうのも、井澤車両と原告車両の破損状況が同一の事故から生じた破損とするには矛盾があることに起因する。)。
また、司法警察職員作成の実況見分調書(乙42)や井澤の司法警察職員に対する供述調書(乙45)、検察官に対する供述調書(乙47)によると井澤が衝突前にブレーキをかけたとは認められず、ノーズダウンはなかったと推測される。
いずれにしても、これらの鑑定書の信用性を否定するような事情はなく、これらの鑑定書によると、原告の主張する態様での交通事故の存在は疑わしいといわなくてはならない。
6 「事故」を巡る不自然な点
さらに、本件「事故」には、次に述べるような不自然な点が存する。
(1) 「事故」後に原告と井澤がとった措置について
本件事故は、平成二年一月三日、物損事故として原告から申告されたが(乙40)、人身事故としての捜査は、事故があったという平成二年一月三日から二か月以上たった平成二年三月一三日、井澤から神奈川県戸部警察署に事故車両の写真を持参して、人身事故としての申告がなされたことが端緒となっている。しかし、原告は、事故後から二か月以上入院していたにもかかわらず、原告も井澤もその事実を申告しなかった。
なお、原告と井澤は、「事故」後、事故車両の写真を撮影したのみで、廃車処分にしてしまっている(乙44、45)。
(2) 原告と井澤の関係について
井澤は、捜査段階では、本件事故まで原告と面識がなかったと供述している(乙46から48)。しかし、井澤は、本件「事故」前、原告の妻である藤村美代子が経営する麻雀店に勤務していた(原告本人、乙45、57)。
また、井澤は当時まだ二四歳であったが、原告とほぼ同時期に多数の生命保険に加入しており(乙57、64ないし67)、被告アリコジャパンへの加入については、原告の経営する株式会社藤商の事務所において手続を行っている(乙24、57)。
(3) 支払命令の申立の際、本件事故による入院給付金の請求をしなかったこと
原告は、本件事故による入院(平成二年一月四日から同年四月二四日まで)と胆石による入院(平成二年六月一日から同年七月三一日まで)に基づく入院給付金の交付を、平成二年一〇月二二日ころ、被告アリコジャパンに対して請求したが、同社から拒否された。原告は、平成二年一二月、被告四社に対して、胆石による入院給付金の請求を求めて支払命令を申し立てたにもかかわらず、本件事故による入院給付金の請求を求めなかった(当事者間に争いがない)。
原告は、支払命令申立は九〇万円までの請求したできないと考えたからであると主張するが、直ちには信用できない。仮にそのように信じていたとしても、通常の訴訟を提起することと対比して考えても、本件事故による入院給付金を請求しなかったことは不自然といわなくてはならない。
(4) 原告が、井澤に対する損害賠償請求の訴えを取り下げたことについて
前述したように、原告は本件事故に基づく損害賠償を井澤に対して請求る訴えを提起したが、補助参加人から自己に不利な鑑定書が提出された後に、右訴訟を取り下げたことは、本件事故が故意による招致事故もしくは偽装事故であることを推認させる事実というべきである。
原告は、原告の妻が訴訟を好まなかったためであると反論するが、これを裏付けるような事情はなく、むしろ、その前に行った支払命令や本件訴訟の提起の事実に照らすと、直ちに信用することはできない。
(5) 重複契約について
原告は、前記1のとおり多数の保険会社と保険契約を締結しているが、そのこと自体で、他の保険契約との重複契約を理由とする解約の特約に該当するか否かについてはさておき、一〇社にも及ぶ保険会社との契約は入院給付金の不正請求を推認させる事情のひとつと考えられる。
原告は、健康に不安を抱くため、複数の保険契約を締結したと主張するが、高額の入院給付金を取得するためには、必ずしも多数の保険契約を締結する必要はない。むしろ、入院給付日額が一万円以上の保険に加入した場合は、生命保険協会に顧客の契約内容を登録する旨の規定があり、これを免れるために多数の契約を小分けして締結した可能性を否定できない。
7 まとめ
以上の事実を総合すると、本件事故は故意による招致事故もしくは偽装事故と認めるのが相当である。
二 結論
そうすると、本件交通事故による入院を理由とする入院給付金の請求は詐欺によるものと解すべきであって、被告四社との保険契約における解約事由に該当し、被告四社の行った本件各契約の解約は有効と解すべきである。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は、理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判断する。
(裁判官山田陽三)